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東名高速集中工事 2005年11月30日
11月28日(月)から12月9日(金)までの間、東名高速道路では集中工事が行われています。
初日となった28日は、各所での工事がはじまり、5km〜20km程度の渋滞が発生しました。
29日には、愛知県内で40kmもの渋滞も発生したようです。
このあおりを受け、国道1号線をはじめとした一般道の渋滞も発生しています。

土・日は工事がありませんが、平日はこれからも渋滞が予想されます。
東名高速や静岡県内の幹線道路を走行する場合には、余裕をもった時間設定でお出かけください。
長距離の移動は、電車等公共交通機関のご利用をおすすめします。
紅葉の白糸の滝 2005年11月29日
11月27日(日)に、朝霧高原の白糸の滝に行ってきました。
この日は、薄もや?がかかっていたものの、空は雲ひとつない快晴!
小春日和の暖かい日差しの下、白糸の滝にも11月下旬とは思えないほどの人出がありました。

今年は全国的に紅葉が遅れているらしく、白糸の滝の紅葉もまさに見ごろを迎えていました。
紅葉した木々に午後の柔らかい陽が差し込み、滝と絶妙なコントラストをかもし出しています。
さすがに水に触れる人の姿は少なくなっていましたが、全身にマイナスイオンを受け、長い間たたずむ人たちの様子はいつの季節も変わりませんでした。

これからも、四季の白糸の滝をお届けしていきたいと思います。
写真はクリックで拡大(640×480)します。
合流に見る県民性!? 2005年11月28日
私はもととも東京の郊外で生まれ、さらに郊外(山の中)で育ちました。(^^)
就職してからも13年間ほど神奈川県で暮らし、つい2年ほど前に静岡県に引っ越してきました。
県外から来たものの目で見ると、静岡県の特色がよくわかります。
今回は、そんな特色の一つをご紹介しましょう。

静岡はその温暖な気候と恵まれた自然からか、非常にゆったりとした県民性だと感じます。
それが如実にあらわれるのが、幹線道路への流入や車線減少の際の合流です。

東京や神奈川では、合流する側が多少強引な入り方をしないと入れず、よくても1台1台交互に合流できる程度です。
ところが、静岡市内では、往々にして合流する側の方が、される側より早く進むのです。
注意して見てみると、合流される側はほぼ確実に1台は入れ、さらにもう1台入れるような車も多くいます。
また、既に1台を入れていても、その先で再度合流車があると、再度入れてあげたりもします。

「あわてず」「急がず」は安全運転の基本。
私も最初は面食らいましたが、今ではすっかり慣れています。(^^)
それでも時折交通事故ワーストワンの県になったりするのは、やはり東名高速があるからでしょうか?
壮士の墓 2005年11月27日
静岡市清水区築地町にひっそりとたたずむ壮士の墓をご存知でしょうか。
有名な清水の次郎長の生家から見て、巴川の対岸に建てられています。

1868年(明治元年)、幕府の船であった「咸臨丸」で旧幕臣たちが脱走。
咸臨丸は暴風雨により船体を損傷し、清水港に停泊中、討伐隊により襲撃を受けました。
当時、官軍に逆らうものは賊軍とされ、この戦いによって討ち死にした幕臣たちの遺体は海に放り出されたままとなっていたそうです。

これを見かねた清水の次郎長は、「海からの死者に官軍も賊軍もない」とその遺体を引き上げ、ここに丁重に葬ったとのことです。
後に、その志に感じ入った山岡鉄舟は、自書による壮士の墓を建立、その姿は今も当時のままたたずんでいます。
次郎長の生家を訪れた際には、ぜひ壮士の墓もご覧ください。
梅蔭寺 2005年11月26日
静岡市清水区南岡町に清水次郎長菩提寺、梅蔭禅寺があります。
梅蔭寺は、足利次代の明応元年に、天倫通明和尚が開山し創建した歴史のある寺です。
永禄年間武田家のご朱印地となり、書籍にも記載されています。
本堂は天災等により幾度か失われましたがそのたびに復興され、現在の本堂は平成15年に建てられた真新しいものです。

境内には、次郎長の墓をはじめ、銅像や使用していた防具や武器なども展示されています。
また、次郎長から五代目当主までの写真もおかれており、故人を偲ぶことができます。
次郎長の墓の隣には、大政、小政、蝶(てふ)など、縁の深い各人の墓も並んでいます。

梅蔭寺は、次郎長の足跡をを辿る際には欠かせない場所となっています。
次郎長生家 2005年11月25日
静岡市清水区、その名も次郎長通り商店街の一角に、清水の次郎長の生家がひっそりとたたずんでいます。

清水の次郎長こと山本長五郎は1820年、清水の街に生まれました。
幼少の頃から乱暴物として知られ、やがて遊侠の世界へと染まっていきます。
喧嘩渡世で各地を渡る様は、東海遊侠伝などの書物にも記されています。

明治維新後は、過去の罪を免じられて道路探索方となり、遊侠の世界からは足を洗ったとのことです。
その後は、英語教育や三保、日本平、富士山南麓の開墾など、社会的事業を推進し、その力を発揮していきました。
山岡鉄舟、榎本武揚などの偉人とも交友をもち、明治26年に74歳をもって天寿を全うしています。

次郎長生家は、商店街に軒を並べており、よほど気をつけて見ていないと通り過ぎてしまいます。
私は、気をつけて見ていたにもかかわらず、通り過ぎてしまいました。(^^;)
伊東のみかん狩り 2005年11月24日
伊豆半島の東側、伊東市の宇佐美地区はみかん狩りが楽しめる農家が多く軒を連ねます。
みかん狩りのシーズンは、大体10月から1月くらいまで。
まさに今が旬のみかん狩りが楽しめる季節です。

料金は、食べ放題で300円程度とリーズナブル。
とは言っても、みかんはそうそう食べられるものではないですよね。(^^)
メインは持ち帰りの新鮮なみかんとなりそうです。

昨年(2004年)の10月に上陸した台風22号で大きな被害を受けた宇佐美地区ですが、今はその傷も癒えつつあります。
温暖な晴天の伊豆東岸で、のんびりとみかん狩りはいかがですか?
マグロのかぶと煮 2005年11月23日
恥ずかしながらつい最近知りましたが、清水港は全国一のマグロの水揚げ量とのことです。
そんな清水の名物、マグロのかぶと煮を食す機会に恵まれました。
場所は、清水区富士見町にあるなすび総本店さん。

運ばれてきたかぶと煮は、とにかくでかい!!
この大きさで、70kg〜80kgのマグロとのこと。
丸二日間以上煮込んだものです。

ていねいに取り分けてもらい、早速いただくと、なんともいえない歯応えと絶妙な味。
目の後ろのゼラチン質の部分もおいしいのですが、ほほ肉も最高です。
ボリュームも満点、大満足でした。
おいべっさん 2005年11月22日
縁起物の出店11月19日は、静岡市清水区本町にある西宮神社大祭でした。
このお祭りは、地元の人々に「おいべっさん」の愛称で親しまれています。

西宮神社のある巴川のほとりや近くの橋の上には、商売繁盛を願う縁起物を扱う出店が立ち並びます。
他にもお好み焼き、たこ焼き、じゃがバター、おもちゃ、お面など・・・。
小さな神社のお祭りとは思えない賑わいようです。
早速お参りをと思ったのですが、長蛇の列!!
商売繁盛のお願いも大変なようです。

清水の人々は、このお祭りが終わると冬支度をはじめるとのことです。
平山〜西里サイクリング 2005年11月21日
平山温泉10月30日(日)にサイクリングに行ってきました。
久しぶりのサイクリングなので、張り切って(?)コース選択です。
結果、静岡市北部の瀬名→平山へと走り、竜爪山中腹(標高800m)の穂積神社を越えて西里へと下りるコースを選択しました。
以前、このコースを逆に走ったことはありましたが、瀬名からの一気の上りは、こちらから回るほうがきつそうです。
だいぶなまった体で大丈夫か?という気持ちもありましたが、こういうときこそ負荷をかけねばと決断しました。

10:00頃自宅をスタート。
茶畑とはるか上の道北街道を鳥坂へと進み、瀬名方面へ入ります。
しばらく、細くなったり太くなったりの道を進むと、長尾川沿いに出た頃から、次第に山道らしくなってきます。
平山温泉という日帰り温泉を過ぎ、平山の集落に入ると、本格的な坂道に突入です。
平山地区の急傾斜の茶畑が広がり、そのはるか上にこれから向かう道が見えます。
「あそこまで上るのかぁ」とすでに心が負けがちになりますが、そんなことは言ってられません。

ここからは、ひたすら我慢の上りです。
少々の斜度の変化はありますが、きついことに変わりはありません。
しばらく進むと竜爪茶屋の所で落石注意のため通行止め。
農道に迂回するしかありません。
さらにキツイ坂をノタノタとひたすら上ります。
どれほど走ったでしょう、とりあえず元の道に戻りました。
沢蟹・・・次回こそは(^^)
途中で、沢蟹が道路を横切っている場所がありました。
から揚げにするとおいしいのですが、写真を撮るのが一杯一杯です。

40分ほど上ったところで、麓で買ってきた缶のココアを飲んで小休止、少し元気が出ます。
元気が出たのはよかったのですが・・・。
調子に乗ってグイグイとダンシング(立ちこぎ)をしていたところ、道路を横切る側溝の鉄格子に後輪が乗ってスリップ!!
気をつけてはいたものの転倒してしまい、ふくらはぎを地面に打ち付けてしまいました。
上り坂でこけるとは・・・。(^^;)
穂積神社境内しばらくは血が止まらなかったのですが、穂積神社付近まで行ったときには何とか出血はおさまっていました。

何はともあれ、標高800mの穂積神社に到着。
怪我をした脚を洗い流し、小休止の後に西里方面に下りだします。
下りはのぼりよりさらに慎重に、ソロソロと下ります。
ブレーキを握る手が痛くなりかけた頃、西里に到着です。

やませみの湯では、地元の特産品を出店したお祭り?が開催されていました。
何か食べ物をと探したのですが、13:00近かったこともあり、すでに売り切れ続出。
やってしまいました近くのだいこく屋さんまで行って食事をすることにしました。

だいこく屋さんに到着、今日はおでんとタンメンを頼みました。
おでんはどれも味がしみこんでいておいしく、特にモツは最高!
完全に元気復活です(脚の傷はちょっと痛いけど・・・)。

ここからは、いつもやませみの湯にくるときの逆ルート。
それなりに坂はあるのですが、穂積神社までの上りを考えればたいしたことはありません。
15:00前には自宅到着。
シャワーを浴びて傷口を消毒し、さっぱりです。

体はヘロヘロでしたが、気力は萎えなかった約50kmの道のりでした。

   西里のお祭り   だいこく屋さんのおでん
黄金色の天井 2005年11月20日
19日(土)に、静岡市駿河区谷田の県立美術館そばを通りかかりました。
以前ご紹介したときには紅葉している木としていない木が混在していましたが、この日はすべての木が紅葉し、道路全体が黄金色のトンネルのようになっていました。
落ち葉もだいぶ増えはじめ、既に葉がまばらになってしまった木もありました。
それでも秋の柔らかな日差しの中で輝く木々は、とてもきれいでした。

思わず車を停め、金色の天井を撮ってきました。
大きく掲載したいのですが、画像サイズが大きくなってしまうためあきらめました。
二ッ池の蓮 2005年11月19日
静岡市駿河区小鹿の二ッ池の蓮は、すっかり茶色くなり、葉も落ちかけています。
夏には白い花を咲かせていた蓮ですが、この下にはレンコンが埋まっているのでしょう。

レンコンは秋口から冬が旬で、穴の開いたその姿から「見通しがよくなる」と正月の縁起物としても食べられていますね。
キンピラや煮物、福神漬けの材料にもよく使われるレンコンですが、なんと言っても天ぷらにして食べると絶品です(私の好み)。
作家の嵐山光三郎さんも「蓮の天ぷらさえあれば、他には何もいらない」とエッセーの中で書かれています。

古来、中国では滋養強壮のほか、打撲や解毒の薬としても用いられてきたとのこと。
冬の食材に、また心が躍ります。
冬のよそおい 2005年11月18日
昨日は、伊豆の国市(旧韮山町)の紅葉をお届けしましたが、今日はそこから伊豆スカイラインに上った冬の風景です。

実は、今日の写真は昨日の紅葉よりも一週間ほど前に撮ったものです。
この日(11月8日)は風が強く、山を上るにつれて落ち葉が舞い、山頂付近の木々の葉はすっかり落ちていました。
風は冷たく、まさに木枯らしと呼ぶにふさわしいものでした。

これから冬に向かうと空気が澄んだ日が増え、韮山や山伏峠からもきれいに富士山が見えるようになります。
ちょっとした物悲しさはあるものの、冬の風景というのも悪くありません。
秋の色、真っ只中 2005年11月17日
朝晩は「冷え込み」という言葉がしっくりくる季節になりました。
温暖な静岡県沿岸部でも、さすがに秋から冬へと移り変わる気配を感じます。

静岡県東部の伊豆の国市(旧韮山町)でも、紅葉の木々が空きの終わりを告げています。
この近辺はイチゴの名産地で、これからの季節、いちご狩りで賑わうこととなるでしょう。

韮山から伊豆スカイラインへと上っていくと、既に落葉樹の葉が落ち、冬になった山を見ることができます。
海沿いから一気に山へと上る、伊豆半島ならではの光景がそこにあります。
桜えび天日干しに 2005年11月16日
16日の静岡新聞朝刊によると、庵原郡蒲原町の富士川河口付近で、桜えびの天日干しがはじまったとのことです。

11月3日の夜から、桜えびの秋漁がスタートしています。
由比漁港で獲れた桜えびの一部は、富士川の河川敷に広げられ、天日干しにされます。
河口付近の川原は一面ピンク色になり、その名の通り桜が咲いたようになるとのことです。

「早速写真を・・・」と思ったのですが、残念ながら富士川方面に出かける時間がありません。
近いうちに撮影を試みますが、当然天候がよくないと干していない(漁そのものもない)ため、写真を掲載できるかどうかは不明です。
仕事のついでに取材?していることの限界か・・・。(^^)

新聞によると、天日干しにされた桜えびは、東京の高級煎餅屋さんなどに出荷されるとのことです。
静岡鉄道 2005年11月15日
現在は同じ静岡市となった、旧清水市(新清水駅)と旧静岡市(新静岡駅)を結び、ほぼJR東海道線と平行して走る鉄道が静岡鉄道です。
営業キロ数は、わずか11kmと短い路線ですが、学生や市民の足として親しまれています。
静岡鉄道には、かつて営業キロ数64.6kmを誇る軽便鉄道の「駿遠線(藤枝〜袋井)」もありましたが、昭和45年に廃線となっています。

静岡鉄道は、「しずてつ」の愛称で親しまれており、2両編成のちょっとレトロなデザインのかわいい電車が走っています。
その姿は、現代のスピード感とはちょっと異なり、トコトコという感じ。(^^)
仕事の途中で「しずてつ」の踏み切りにつかまっても、不思議と不快感を覚えません。

もちろん、静岡鉄道は電車だけでなく、バスやタクシーも運営しています。
日本平山頂と久能山を結ぶロープウェイも静岡鉄道が運営しています。
登呂遺跡 2005年11月14日
復元された縦穴式住居みなさんも、登呂遺跡という名前は耳にされたことがあるでしょう。
静岡市街から程近いところにある登呂遺跡は、弥生時代後期(2〜3世紀)の遺跡として、1943年に発掘されました。

1943年といえば、日本は太平洋戦争の只中にあり、登呂遺跡も軍需工場の建設工事現場で発見されたのです。
工場建設と並行して進められた当時の調査で、貴重な出土品の多くが発見されました。
その後、爆撃により被害を受けた登呂遺跡の調査が再開されたのは、終戦後の1947年になります。
この調査は、日本ではじめての多方面の専門化が加わった遺跡の学術調査として、注目を集めました。

現在は公園として整備され、園内には復元された住居や倉庫、博物館などがあります。
博物館では、当時の生活を体験もできるとのことです。
修学旅行の定番コースとして長らく親しまれた登呂遺跡ですが、今ではその地位を佐賀県の吉野ヶ里遺跡に譲っています。
沼津港「びゅうお」からの風景 2005年11月13日
今回は、沼津港の水門「びゅうお」の展望スペースから見た風景をご紹介します。

私が訪れたのは11月上旬のよく晴れた日でしたが、富士山には雲がかかり、残念ながら見ることができませんでした。
それでも、午後の日が伊豆半島上に差し込み、海はキラキラと眩いばかりに輝いていました。
沼津港は水揚げもせりもすっかり終わり、ゆったりとした時間の流れる空間へと変わっています。

びゅうおの展望スペースは、窓が少し開くことも特徴です。
落下防止のため、わずか10cm程度ですが、写真を撮るにはこれで充分です。

近くにあれば、晴れた日には通いつめ、夕陽の写真を撮りたいくらいでした。
沼津港にお越しの際には、ぜひ上ってみてください。
晴れていれば、100円以上の価値は必ずあると思います。

      
沼津港「びゅうお」 2005年11月12日
沼津港は駿河湾東側随一の漁港であるとともに、定期船の発着など西伊豆の玄関口でもあります。
朝方は魚介類の取引を行う市場として、お昼時などは新鮮な魚介類を求めるお客さんで賑わう、活気あふれる場所でもあります。
そんな沼津港一帯は静岡県の「沼津港港湾振興ビジョン」により、再開発も進められています。

その一環として昨年の9月に、沼津港の新たな水門が完成しました。
高さ30m以上の水門には、エレベーターで昇れる展望スペース(入場料大人100円)も設けられ、観光客の人気となっています。
この水門は、港内施設や住民を津波から守る目的で作られ、普段は閉じることはありません。
津波を防ぐ扉は、重量が406tと、国内最大級の規模を誇ります。
充分な高さを持つ水門からは、漁船をはじめ貨物船やフェリーなど、様々な船が出入りします。

びゅうおの展望室からは、駿河湾に沈む夕陽や沼津市内、愛鷹山や富士山も望むことができます。
明日は、びゅうお展望室からの眺めをご紹介します。
東名高速道路 2005年11月11日
皆さんもよくご存知の通り、東名高速道路は静岡県を横断し、東京と名古屋を結んでいます。
神奈川県の大井松田I.C.を越えてから愛知県の豊川I.C.の手前まで、180km以上が静岡県内を通っています。
東京I.C.から小牧JCTまでの距離が346.8kmなので、実に半分以上が静岡県内ということになります。
東京から名古屋まで運転する友人には、「静岡が長くて、うんざりするよ」というコメントをよく頂きます。

そんな東名高速道路ですが、道幅は広く、渋滞も少ない(県内では)ため、非常に走りやすい道路です。
また、県内に10箇所以上あるP.A.では、各地域の特産物やそれを活かした食事も楽しめます。
東名高速をご利用の際には、ぜひ静岡県内のP.A.にお立ち寄りください。

写真は、夜の東名高速日本平P.A.付近です。
市内も紅葉 2005年11月10日
今年は比較的暖かいため、静岡県内の紅葉の見所では紅葉が遅れているとのことです。
カエデやイチョウの葉は、8度以下の低温が続くと葉緑素が分解され、黄色や赤色の色素が目立つようになります。
温暖化のためか、カエデの紅葉はこの50年間で15日(全国平均)も遅くなっているそうです。

そんな中、静岡市内の木々も、すっかり葉が色づいています。
写真は、清水区草薙の県立美術館付近の並木です。
真っ赤に色づくような木々はありませんが、秋の雰囲気を満喫できる並木道を歩くのも悪くありません。

そんな静岡市内は11月に入って夏日を記録するなど、暖かい日が続いています。
10月の静岡県内の平均気温は、最高・最低とも例年を1℃以上上回っていたとのこと。
美しい日本の四季を、いつまでも感じられるようにしていきたいですね。
富士山の冠雪、本格的に 2005年11月9日
気温の下がる日も多く、周期的に天候の変わった先週末、富士山には本格的に雪が降ったようです。
風に雪が飛ばされ、数日で雪が消えていた富士山も、しっかりと雪化粧をはじめました。

富士山のどの辺りまで雪がある姿が美しいか、個人により意見が分かれる部分でしょう。
私が、小学校の時に書いた富士山の絵では、現在のような雪化粧だったと記憶しています。
今の私は、もう少し下まで雪のある富士山が好みですが・・・。

これから晴れる日が多くなり、空気が澄み、美しく雪化粧した富士山を撮影するには絶好の季節です。
写真は11月8日、富士川の橋の上から撮影した富士山の姿です。
不思議な花 2005年11月8日
先日、仕事で清水区の戸倉地区を訪れたときのことです。
車から降り、徒歩でお客様宅へと行った帰り、ふと石垣に目をやると、見慣れない花が咲いていました。
全体的にオフな感じのカラーで、厚みのある花びらといい、その質感といい、まるで粘土細工のようです。

早速写真を撮りましたが、調べてみても花の名前がよくわかりません。
だんだんと、本物の花かどうかも自信がなくなってきました。
でも、石垣に造花なんか差し込みませんよね。(^^)

もし、この花の名前をご存知の方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。
写真はクリックで拡大(480×640)します。
ヒマラヤトキワサンザシ 2005年11月7日
会社の近くにあるお寺の境内に、一際目に付く真っ赤な実を下げた木がありました。
私は、木や草花に詳しくないため、樹木鑑定サイト「このきなんのき」の掲示板で問い合わせをしました。
このサイトの掲示板で写真等を貼付して問い合わせをすると、有識者の方々からのお答えをいただけるのです。
植物の場合、画像から調べるコツが今ひとつわからず、何回か問い合わせをさせていただきました。

結果、この実はピラカンサ(Pyracantha)に属する、“ヒマラヤトキワサンザシ”という木のものとお答えをいただきました。
よく似た実をもった“タチバナモドキ”も有名ですが、ここまで実が赤くないようです。

密集する実は観賞用としても非常に美しく、しばし立ちすくんでしまうほどでした。
植物にとっては、果実を鳥等に食べてもらい、種をまくという目的があるのでしょう。
注意してみるとヒマラヤトキワサンザシと思われる木は市内のあちこちにありますが、ここまで見事なのは少ないです。
お祭りのもうひとつの楽しみ 2005年11月6日
お祭りのもうひとつの楽しみと言ったら、縁日でしょう。
富士宮秋祭りでは、浅間大社の広い境内に所狭しと出店が並びます。

子供の頃には、普段買ってもらえないような食べ物やおもちゃを買ってもらえるというワクワク感があったと記憶しています。
大人になって、さすがにおもちゃには興味を持たなくなりました(^^)が、食べ物のには相変わらず心躍ります。
焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、チョコバナナ、じゃがバター、焼き鳥・・・。
なぜかおいしそうに見えるこれらの出店に、いちいち気を引かれて、真っ直ぐに歩けません。

最近の傾向として、昔のお面やさんは、すっかり影を潜めてしまいました。
変わりに、ブロマイドを扱うお店が増えた気がします。
また、たこ焼きはタコの大きさを競うものが近年の主流でしたが、今年はウズラの玉子を丸ごと入れるものが人気を博していました。

最後にはいつもベビーカステラを買って帰ります。
浅間大社の縁日では、いつも同じ場所に店を出しているおじさんのベビーカステラがお気に入りです。
久しぶりに童心に帰ったひと時でした。
「富士宮囃子」競り合い 2005年11月5日
4日(金)に富士宮の富士山本宮浅間大社秋季例大祭に行ってきました。
富士宮秋まつりでも最も盛り上がるこの日は、山車屋台の競り合いが見所です。

市内各地域の提灯を掲げた山車屋台には、太鼓や鐘を持った数名が乗り込み、独特の富士宮囃子を披露します。
山車は予め決められたスケジュールに基づき、市内目抜き通りの各所で競り合いを行います。

競り合いは、競り合う地域の山車屋台が相対し、事前に立会い人と代表者によるルールの確認等(打ち合わせ)が行われます。
それが決すると、いよいよ富士宮囃子の開始です!
山車屋台は次第に相手の屋台に近づきながら、双方で勇ましく囃子を打ち合います。
興じてくると、屋台から乗り出し、今にも落ちそうになりながら相手の屋台めがけて鐘を打つ姿も見受けられます。
最後には、立会人が勝敗を決めるしきたりとなっています(大概は引き分け)。

写真は、祭りでも珍しい三つ巴の競り合いの風景です。
とは言っても、入り混じりすぎて何がなんだかわかりませんが・・・。
クリックで拡大(640×480)します。
装甲車走行中 2005年11月4日
11月2日に、仕事で清水区の埠頭付近を走っていました。
すると、正面から自衛隊の装甲車が2台、走ってきて信号で停止しました。
これまでも静清バイパスで自衛隊のトラック等はよく目にしましたが、装甲車ははじめてです。

装甲車からは、2名の自衛隊員が頭を出し、前方を確認していました。
もしかしたら、このうちの1名が操縦しているのでしょうか?
夏も厳しそうですが、これからの季節、頭を出して運転するのも厳しそうです。
それにしても、木をバックにすると本当に目立たなく、埋もれてしまいます。
さすがに、迷彩色ですね。

信号が青に変わると、普通に発進し、走り去っていきました。
一体、どこへ向かおうとしているのでしょうか。
綿花 2005年11月3日
秋の草花シリーズ第四弾は、綿花です。
綿花は皆さんもご存知の通り、綿糸の材料となる植物です。
花が咲いた後の実には、種子を取り囲むように繊維が生え次第に膨らんではじけます。

日本国内でもかつては栽培されていましたが、現在は商業目的の栽培はないとのこと。
アメリカや中国やインド、その他中央アジアの国々を中心に栽培が盛んです。

アオイ科の綿花の花は、白や黄色、ピンクなどのきれいな色で咲きます。
しかし、一面の綿花畑で、一斉に実がはじけた後の白さは、また格別とのことです。
国内ではもはや見られなくなってしまった光景です。

写真は、静岡市清水区の船越堤公園の駐車場脇にあった綿花です。
カナダへのみかん出荷 2005年11月2日
2日付けの静岡新聞朝刊によると、静岡市清水区のJAしみずから輸出みかんの出荷がはじまったとのことです。
出荷は11月1日にはじまり、11月末までに10kg入りの箱を40,000ケース出荷の予定とのこと!
区内のあちらこちらにみかん畑を見られる清水ですが、輸出だけで400トンとは、ちょっとびっくりです。

今年のみかんは、台風の直撃がなかったことから傷が少なく、輸送の際の腐りの心配がないとのこと。
みかんは冷蔵コンテナに詰められ、清水港から船で約2週間の旅を経、カナダに到着するとのことです。
日本製の柑橘類が海外に輸出されているというイメージすらもっていなかった私には、新鮮なニュースでした。

写真は10月末に、清水区内で撮影したみかんの木です。
歯の治療 2005年11月1日
今回は、かなり私事ですが、ご了承ください。(^^)
先日、ミルキーを食べていた際に、右下の奥歯のかぶせものが取れてしまいました。

仕事でバタバタしていたこともあり、とりあえず押し込んでそのままにしていましたが、これではベースも悪くなってしまうと思い、日曜日に救急歯科センターに行ってきました。
このセンターは、静岡歯科医師会が運営しており、日・祭日、年末年始に当番医が2名で治療にあたってくれます。

以前も一度お世話になったことがありますが「かぶせものが取れた」というようなちょっとした治療なら、継続でかかる必要もないため大変便利です。
最近は、夜間や日曜日に営業する歯医者さんも出てきましたが、ここの存在は私にとってありがたいものです。

その他の牛間も含め、静岡県内にお住まいの方で、日曜、夜間等にお困りの方はこちらをご覧ください。
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